コイル、良かった。
ラストのイサコの電話の時、宅急便が来た。WiiFitだった。
受け取りのサインして、ドア閉めて、さあ、続きを…と思ったら、
別の宅配便。しかも誤配達!これ向かいのアパートのだよ。
戻ると終わってた…。
いいんだ、録画しながら見てたんだから!と再度観る。
ラストシーンのイサコの言葉は、ちょっとした寂しさと、真理を含んでて
グッと来るものがあった。
日頃、 感情は共感できるけど、過去の体験を共有する事は難しいってことを
とても感じてた。
その人のバックボーンに何があるかは、 わからないというか、
ある程度親密になっても、全て語ってくれるわけでもないし。
ふとした瞬間に吐く、何気ない一言が、
実は凄く傷ついた体験から来るものだという事はある。
ただ、それはわからないから、笑って
「やだな〜そんなことないですよ〜」と言うしかない事だってある。
あるいは何も言えなくなってしまう。
だから、その人と、その周辺と、顔を突き合わせて、話をして、
「同じ道を歩んで」るときの体験の共有感というか、ライブ感は
仕事にしろプライベートにしろ、つながりを強く感じる。
けど、そこに過去にリンクはない。現在のリンクだけ。
イサコとヤサコの場合、過去からのリンクがあったけど。
もちろん、それよりももっとゆるいリンクで、
ずっとどこかでつながってる人、というのは確実にいる。
そういうのが「仲間」ではなく、「友達」だったり、
別の視点で言うと「親」だったりするのかな。
イサコの言葉は、ヤサコの感じた痛みは、色んな捉え方も出来ると思うし、
人それぞれの思う所も少しずつ違うと思うし、そういうものであるべきだと思うので、
自分は、自分の中で、ある角度から見た感覚として、理解した、気がする。
そして、その後の皆を見ながら、今頃、メガマス/コイルス関連で
お父さんとハラケンと猫目の方の話が進んでるんだろうな〜とか思ったり。